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そらいろ

見てないようで、見てたり。 考えてないようで、考えてたり。 そんなこんなを描いていく テキトーぶろぐ!
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No  198

兄貴の言い分

今回の文章は偏見の塊です。

気分を害された方は、
早々に読むのをやめていただくことをお勧めします。

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_________________________________________________________________________________________

今日本ではかつてない大きさの地震に見舞われ、
その影響で多くの人が傷つき、亡くなり、
危険にさらされている。

でも、それは震源地に近かった地域の人が中心で、
地震の揺れにすら気付かなかった人だっている。

食事も清潔も排泄もままならない人もいれば、
地震が起きた後も変わらない生活を送っている人もいる。

別にいつも通りの生活を送る人たちを責めようって話じゃない、
むしろ、被害が少なかった人々は「日常」を送っていくことで、
経済を保ってこの世界を回さなくちゃいけないと思う。

…今回話したいのはそんなことじゃない。

2,3日前に兄貴が言ってたこと。

そのことを書きたい。


兄貴が会社に行って上司や同僚と話をしていた時のこと。

話題に上がるのはやはり地震の話ばかり。

「あれはひどい」「どーにかできないものか」

そんなことを上司や同僚は話すのだという。

世間一般で見られる反応だと私は思う。

それを兄貴はなんの気なしに
「ふーん、そーですか」
と返す。

すると上司や同僚は
「お前は冷たい奴だな、何の関心もないのか」
と皆返すそうだ。

ここからが兄貴の言い分。
上司や同僚には言わなかった兄貴の考え。


「人が人であるってことは限度があるってことだ。

俺は見ず知らずの他人の心配までできるほどできた人間じゃない。

俺は人であるが故に守れる範囲が決まっている。

この両腕が届く範囲までが俺の守れるもの、守りたいもの。

それ以上は俺には守れない。

つまり俺は俺の家族とか俺の周囲にいる者しか守れない。

俺は人だから。人間だから。

神じゃないから。

世の中の奴らは見ず知らずの他人の心配までしてそれを助けようとする。

人間なのに限度を知らず、

こんな時だけ神にでもなったつもりか、

守ろうとする。

俺はそういう奴らに言ってやりたいよ。

『そんなことをしていて本当に大切なものをその腕から取りこぼすなよ』

って。

人にはできる限界があるんだ。

自分が守りたいものは自分で見極めて、

腕の内に収まるものしか守れないことを自覚すべきだ。」


そんなことを兄貴は言っていた。

自分にはこの考えがよくわかる。

家族だからか。

大切なものを守ることもできずに、
失ったことがあるからか。

その原因は分からないが、
兄の考えは受容できるものだ。

自分もそう思う節がある。

他者から見れば偏見の塊のような意見だろうとも思う。

「何もしないお前が、世の中の人達のために動いている自分達を愚弄するのか」
と言われても仕様がないようにも思える。

その意見も確かに理解できる。

そういう意見を持つ人のおかげで、
募金が集まり被災者の方々の支援ができるのであるとも思う。

助けられるものならば、
自分の出来得る範囲で行動を起こしていくのも決して間違いではないと思う。

この二つの考えを「価値観の相違」と言ってしまえば、
簡単に事は片づく。

「世界にはいろんな人がいるんですねぇ、
だからこそいろんな人に出会う楽しみがあり、
そして人はいろんな考えに触れて自身の生き方に反映していくんですね」
と言ってしまえば、話は綺麗に纏まる。

でも、自分はそんな簡単に話を纏めてしまいたくないと思った。

兄貴の言い分を少しでもいいから聞いてほしいと思った。

本当にこれを読んでるあなた達は自分の大切なもの守れてますか?

って、無粋な質問だって分かってて問い掛けたい。

自分の大切なもん分かってますか?

遠くにいる他人だって、苦しんでいるのだから、
嘆いているのだから、その悲しみを和らげることができたらって
思っていることぐらいは分かるけど。

今は、
もしかしたら明日死んでるかもしれない今日なんだってことを知ってほしい。

他人の世界より、自分の世界を見てほしい。

ニュースがどうとか、ネットがどうとか、
情報社会に振り回されるんじゃなくて。

自分の目で見て、自分の手で触れられる
相手を、世界を、大切にしてほしいって思う。

確かに自分のことばっかりしか考えられなくて、
他人に迷惑かけてる奴はたくさんいる。

そんな奴らはモラルがない、非道徳だって言われてるのもわかる。

でも、そういうことじゃなくて。
そういう意味じゃなくて。

自分と自分の大切な人を守って、
安心できる世界を作ってほしいって思う。

人って簡単に死ぬんだ。

今日笑ってた人が、明日になったら冷たくなってて
もう二度と笑ってくれないことなんて普通にある世界なんだ。

だから、「非日常」な今だからこそ。

「日常」がどれほど尊いものか気付いた今だからこそ。

向き合ってほしい。

自分の本当に大切なものって何か。

その大切なものを知って、
自分の守るべきものなんだと自覚してからでも
他者を救うのは遅くないと思う。

自分の偏見は今そう言ってる。

あくまで、偏見。

だから、賛同してくれなくても全然いい。

でも、もし、何か思うことがあった人は、
考えてみてほしい。

そう思うよ。



いつもコメントくださる方、拍手ボタン押してくださる方、
ありがとうございます。


拍手コメントの返信を追記にて書かせてもらっています。
心当たりのある方はよかったら覗いていってください。




はるさん

こんばんは!
いつもコメントありがとうございます(´∀`)ノシ

余震まだまだ続いてますね…
これ書いてる最中にも揺れましたよ。
はるさんの所も揺れましたか。
慣れない事態ですし、
どうぞお気を付けてお過ごしください。

早く余震治まってほしいですよね…
被災地の皆さんは余震の度、
心の傷が疼くでしょうし。
物理的にも精神的にも
これ以上余震は長続きして欲しくないですよね。
1日でも早くみんなが安心して暮らせる
「日常」に戻ればいいなと私も思っています。

私の地域は比較的被害が少なかったのですが、
やはり窓が割れたり、天井が落ちてきたりということが
多数あるようです。
これからもまだまだ続くであろう余震とその影響に
気を付けて日々を過ごしたいと思います。
健康の方も気を付けたいと思います。
ご心配ありがとうございます。
はるさんもご家族の皆さんも
余震や健康面に気を付けてくださいね。


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この記事のコメント

No.59
こんにちは。

おっしゃること、よくわかります。
周りの反応に流されないお兄さんはとても強いかたですね。

自分だって明日には生きていないかもしれない。
ちゃんと足元を見てしっかり生きたいと思いました。
2011-03-17 Thu 08:17 | URL | kazu #-[ 内容変更]

No.60 Re: タイトルなし
kazuさん

コメントありがとうございます。

賛同していただけたようで、嬉しく思います。

兄はよく言えば強い信念を持って生きていますが、
悪く言えば意固地で頑固なのです。
自分の考えを貫き通すことはできますが、
他者の意見をあまり許容できない人です。
0か100か、あるかないか、極端で、
間をとることのできない不器用な人間なんです。
そんな兄の考えでしたが、
今回は自分も同じような考えを持っていたので
取り上げてみました。
読んでいただけて大変嬉しく思っています。

今は正に「明日には生きていないかもしれない」という事態が
簡単に起きてしまうような状況です。
他者へ救いの手を差し伸べることも大切ですが、
まず自分達が今すべきことは
「自分として一生懸命生きること」なのだと
私は思いました。
kazuさんはkazuさんらしく、
あなたの世界であなたの大切な人を守って
生きてほしいと勝手ながら私は思います。

コメント本当にありがとうございました。

これからもブログに遊びに来ていただけると
嬉しいです。


2011-03-18 Fri 00:01 | URL | エン #-[ 内容変更]

No.61
はじめましてエンさん。ぼくもブログを書いている身なのですが、今回の地震に関する情勢に、何か知れぬ違和感のようなものを感じていて、地震についての記事を書くことをずっと避けていました。ですがエンさんの書かれた記事を読んで、その違和感の正体がぼんやりと見えてきたような気がします。「自分の目で見て、自分の手で触れられる/相手を、世界を、大切にしてほしいって思う。」との言葉、深く染み入りました。今回の地震で、見えない世界の相手を思う人々が日本にはたくさんいることを知りましたが、逆に目の前の相手を大切にするということに、十分目を向けられていない人が(ぼくを筆頭に)少なからずいることもまた確かだとおもいます。そしてあわよくば、自分しか守れないでいるこの小さな手を、もっと大きく広げられるようになりたい。お兄さんもエンさんも、とても思慮深い方なのですね。今回の地震でそちらも大変でしょうが、どうか息災にお過ごしください。有意な記事を書いてくださってありがとうございました。
2011-03-19 Sat 22:31 | URL | 夕鼠 #BNp6kJSU[ 内容変更]

No.62 Re: タイトルなし
夕鼠さん

はじめまして夕鼠さん。
ご丁寧なコメントどうもありがとうございます。
自分の偏見で語った文章にこのようなご意見がいただけるとは
思ってもみなかったため、大変嬉しく思っています。

私も夕鼠さんのように何だかわからない違和感のようなものを
未だに感じています。
何が正しくて、何をすべきなのか
自分にはまったく分からないんです。
被災地では多くの人が大切な人を失くし、
家を失い、食べる物もなく、衛生状態を保つこともできず、
苦しんで、嘆いていることは知っています。
しかし、それに対して自分は何ができるのか考えてみた時、
自分の無力さ、小ささを知るんです。
自分ができることは微々たることで、
その「微々たること」を世界中の人が積み重ねれば
大きな動きになることは分かっていても、
自分の器の小ささに変わりはないと思う自分がいるんです。
その行動自体を否定するのではなく、
自分の小ささを認識したという話です。

もしかしたら、本当はそんな大層なことは考えていなくて、
ただ自己中心的なだけかもしれません。
地震が起きた時、私はまず一番に自分の家族と友人と
生徒のことを心配しました。
「自分の両腕が届く自分の守りたいものたち」です。
私の住んでいる関東圏ではそれ程被害が大きなものでなかったけれど、
自分の中では不安が大きく膨れ上がっていきました。
近くにいた家族は安否の確認が取れたのでよかったのですが、
友人や生徒に関しては連絡がつかない状態で、
いても立ってもいられませんでした。
だから、自分で行動を起こして安否の確認をしに行きました。
自分で見たものしか信じられないような状態だったので…。
自分のその様な行動を振り返ると、
「こんな器の小さな人間にも守りたいと思うものがいて、
自分はその人たちを守れるなら死んでもいい」と
思っていることに気がついたんです。
少し大げさに聞こえますが…。
そういう風に考えている自分の頭の中には、
大きな被害を受けて嘆く人達の姿はどこにも見当たらず、
自分の大切な人たちの笑顔が次々に浮かんで、
それが苦痛に歪んでいるのではないか、
もしかしたら、もう会えないかもしれない
という考えがせめぎ合っていました。
自分には自分の目に見える世界が心底大切だったんです。

自分が直接関与していない、見えていない世界も
大変な事態であることは分かります。
でも、自分の生きている、見ている世界が
大丈夫かどうかもわからない状態で
他者の世界を心配できるほど
自分は、というよりも人間は、
できていないと思うんです。
「誰か」のために「何か」をするなら、
まずは「自分」と「自分の世界」が
しっかりしていなければならないと思うんです。
それを分かって欲しくてあの文章を書きました。

ここまで書いていて、
自分の言いたいことが上手く纏まっていなくて誠に申し訳ないのですが…。
とにかく、夕鼠さんに賛同していただけて本当に嬉しく、
また有難く思いました。
これからもご意見いただけると嬉しく思います。
といっても、普段はあまり真面目な文章は書かないのですが…(笑)

ここまで駄文、長文に付き合わせてしまい申し訳ありませんでした。
夕鼠さんも今回の地震の影響を受けられ大変だとは思いますが、
何卒お体に気を付けてお過ごしください。

2011-03-20 Sun 01:20 | URL | エン #-[ 内容変更]

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