そらいろ

見てないようで、見てたり。 考えてないようで、考えてたり。 そんなこんなを描いていく テキトーぶろぐ!
No 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告
∧top | under∨
No  250

死生学ってやつに触れて

最近大学の講義で死生観とか死生学について学ぶことが多い。

その中で「死」とは「生」とはって学んで、
思うことはいっぱいあるけど、
考えることはたくさんあるけど。

今日はそんな大層なことを言いたいんじゃなくて、
一つ思いだしたことがあったなぁと思って
それを言いたいだけ。

それについては追記で。

あと、もうひとつ気付いたこと。

やっぱ、陸が生まれたのってすごいことなんだなぁ。

ねーちゃんも陸も無事で、健康で、元気がいいのって、
すごいことなんだなぁって改めて思った。

知ってたけど、学んで改めて気付かされるものもあるって話。


いつもコメントくださる方、拍手ボタン押してくださる方、
ありがとうございます。
拍手コメントの返信はもう少々お待ち下さい。


「死」について学んで得られるのは
「生」が如何に大切かということ。

「失って」初めて気が付くのは、
そこに「あった」という事実と、
それが「大切」だったという思いだ。

ちょっと前の話。
何かのはずみで話した話。

冗談混じり、笑いながらで相手に
「そんなに死んで欲しいのかよ。」
と言ったら、相手は笑顔で、
「死んだら、一緒に死んであげるよ。
後追って死んであげる。」
と言った。
「やめようよ、そんなの嬉しくない。
お前には長生きして欲しい、それで幸せになって欲しい。」
冗談から切実な思いへと自分の中で温度が下がった。
「それでも。」
と相手は言う。
その後は無言で。
ただ何を言うでもなく、
相手の存在をお互いに認める。
相手の口元には微笑、
こっちはどんな顔をしていただろうか。
それからまた一転して他愛もない話をしながら
駅まで2人で歩いた。

あの時は気付かなかったな。
自分が一番欲しいと思ってた誰かの一番に、
あいつの一番に、たぶんなれていたんだ。
本当に、気が付かなかった。
そういうこと見逃してた。
失ってから気が付くなんて。
しかもそれに今さら縋ってるなんて。
女々しくて泣けてくる。
それでも気が付けて良かったと、
今さらでも思うんだ。

関連記事
スポンサーサイト
別窓 | 日常 | コメント:1 | トラックバック:0
∧top | under∨
<<最近の日課 | そらいろ | 変われば、変わるもんだろ>>

この記事のコメント

No.125 管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011-10-14 Fri 23:46 | | #[ 内容変更]

∧top | under∨
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック

∧top | under∨
| そらいろ |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。